玉尾GLの妄想。

 「そうだな…最近冷えるし、ハワイなんかどうだ。」公園の年季の入ったベンチにこしかけ、等しくくたびれたれた背広を羽織った玉尾GLは、動かない肥ったハトをじっと見つめて言った。片手に握られた潰れた紙パックのストローの先には未練がましく歯型が刻まれていた。玉尾はそれを、足元に水平なところを探し、倒れないように置いた。

 「飛行機で日本から太平洋を東へ11時間、南国のリゾートハワイに来てから6日が経ったところだ。これくらいになって、ようやくホテル周辺の地理を覚え、買い物や朝ごはんの調達にも不自由が無くなった頃だった。到着したばかりの当初は、どこもかしこも、見上げれば細い椰子の木が太陽に向かってまばらにそびえていて、道は可愛らしい黄土色のレンガが敷き詰められているので、通りの見分けが全くと言っていいほど、見当がつかない。ただ、島特有の現象なのか、面白い具合に海の方角だけはわかる。水着姿のままサーフボードを片腕の下に挟んだ人達が、そちらを背に歩いてくるからなのか、どの大通りも海岸沿いに逸れていくように思えるためなのか。あと、何しろここは見晴らしがいい。建物もよほど沿岸部でない限り低めに建てられている。そう、民家で二階建てのものを殆ど見ない気がする。だからぐるっと見渡せばとぽっかりと空洞な景色がどこかの方角に、きっとある。一か八かでそちらに進めばいい、波が石壁にぶつかる重たい音が、足元で微かに響いてくる。だいぶ近いぞこれは、と気が高ぶるだろう。剥き出しの排水口のような地下の窪みに海水が流れ込み、海の方に引いたり押し寄せたりと響いている音だったりすると、もうそばだ。あと少し歩かなくてはならない。ただ、海がもう直ぐそこなのは間違いない。」

 玉尾の頭上に広がる都庁前広場の空は、新宿の一箇所にがらんと大きな円形を設けるようにひらけていて、どこか地球外生物の着陸を迎えるような、おかしな広大さがあった。広場であるのにも関わらず、そこに人を留めようとするものはないに等しく、申しわけ程度にベンチがポツポツとあるだけだった。玉尾はそのベンチの足元から紙パックを取り上げて、ささったストローを、またにちゃ、にちゃ、と噛んだ。

「ハワイにいる皆は気さくでのびのびとしていて、冗談がつまらない。大方が悩みなんてないように、あっけらかんとしている。あと観光客なのか、現地で育った人か、あっという間に見分けがつく。観光客、特に日本人女性は、ふんだんなよそいきの格好で、海水浴をする気があるのかないのか、水着のような格好だが化粧で彩った目には大きなサングラスを鼻の頭にずっしり乗せて、何度もそのズレを直しながらそこらを闊歩している。欧米人は現地民に溶け込んでいるが、はしゃぐ子供が近くにいると、バカンスなんだろう、とすぐ分かる。それに比べ現地民は、よく焼けた浅黒い肌に、てろてろのTシャツと色褪せたズボンでのんびり、しかし脇目をふらずに歩いていく。会う人会う人みんな話し好きだ。ハワイの開放的な空気にやられているのかはわからないが、変に話好きな観光客も混ざっているんだ。こんな綺麗な夕日、見たこといんだよねとか、ハワイはいつでも散歩日和なんだろうさとかね、俺にも答えようがない、ポエムがたまに何処から飛んでくる。もっとも、まともに答えなんていらないんだろうな。相手も楽しげだから、それはちっとも気にならない。楽しそうにされる分には俺はなんだって良いんだ。

 そこまでいうと、突然初老の男は不甲斐ない表情で不安そうに空を仰いだ。なんだか降って来そうだな、と辛そうに呟いた。曇天が刻々と過ぎる時間の経過を分からなくしたが、徐々に気温が下がるのが肌で感じられた。玉尾は硬い手をすり合わせて続けた。

 それで、と、とうとう私は玉尾の言葉を遮った。結局のところ、GLはどうしてウチを辞めたんでしょうか。

 社を辞めて一年経った玉緒を、都庁前広場で見かけたので、興味本位で近寄ってみた。その輪郭はデスクの裏にいた頃に比べ、擦り切れた背広に覆われて小さくなったように思えた。手に持っていたのがカップ酒ではなくフルーツ牛乳の紙パックでよかった。しかしこちらを見上げたときの表情は、お地蔵さんのように和やかで、何だろうとおもい、隣に座った。GLは私の名前をポツンと口に出すと、また正面を向いたので、何も聞かずにただ座っていたが、GLは都庁前広場が好きなんですか、と聞くと、玉尾は唸って首を横に振った。その後何を思ったか急にひっきりなしに話し始めた。その、横顔がどこか浮世離れしていて、少し気味悪いまま、止まらなくなった。

 「地面は時折ガサッと降るスコールの水が残っていてよく滑る。さきほども、薄くて凹凸のないビーチサンダルだからすっ転びそうになった。どの街角にもある、日本でいうコンビニのような”ABCマート”に入ると、そこは服からビーチマットまで、何でも売っている。無休で営業するれっきとしたコンビニなのに、当たり前のようにお土産だらけだ。深夜にも土産ものが売れるのが、やはりハワイなんだね。店員同士はレジの向こう側でお互いの恋愛の話をしながらレジを打つが、立ち去る時だけは投げやりにmahaloと歌って、みちみちと隅までシワの入った紙幣を返してくれる。米国の紙幣はなぜここまで汚らしくなってしまうのか。たまに、蛍光ペンやマーカーのシミまで入っている。レシートよりもよっぽどゴミに見える紙切れが、紙幣の価値を持つことが不思議で、その存在について考えてしまわないか。この薄くて柔らかなアメリカのお札からは独特な匂いがする。虫の糞から抽出したという特殊なインクを使用していると聞いたことがある。指で何枚かそれらを弾いた後に匂いは手に移るから、たまにそれが香る、カネのニオイがする。ああ、ここには、ハワイにはたくさんのニオイがある。お店に入ると土産物のボディークリームの甘ったるい薫りが人から、棚から匂ってくる。食品と横並びの柑橘や化学薬品の混ざった人工的な匂い、日本ではなかなかない組み合わせだな、という感じがしないか? すれ違う女性のそういったココナッツやバナナを混ぜたような、南国のまろやかな香が花のように惑わすから、こちらは花粉を運ぶ蜜蜂みたいにふと捉えられて、誘惑をされたような、踊りだしたい気持ちになる。この楽しい薫りをまとったハワイを歩く女の艶やかさはさっぱりとしていて、空港の免税店や百貨店から香る、あの高慢ちきで近寄り難い匂いとは、まさに対極にある。南国では卑猥なことなんてない。皆かろうじて布をまとって歩き回り、いい匂いがするんだ、これはなんて当たり前で原始的なことな事として、人のあるべき姿なんだろうか。」

 玉尾は私の質問を無視したまま、感動した面持ちで一息ついた。ハワイにはよく行かれるんですかと、尋ねた。玉尾は、いや、と言いまたストローを口に含んだ。「まだ、ない。」

 いたたまれなくなり、会社を辞めたしこれからいけますね、と言ってから、かえって金銭的に行けないだろうということと、今もなお、勤め先がないと断定している自分に気づき、会話の中でさえも、にっちもさっち行かないこの状況に悩んだ。玉尾は、そうね、と言った顔で頷いていた。

 「ここは空が低い。空港を後にして太陽を仰いだとき最初に感じたよ。乾いた空気の中で、軽そうな雲が大きく、薄く、引き伸ばされたかのように広がっていた。昔、小さい頃に父親が読んでくれた、ニワトリの子供が「空が落ちてくる」と騒ぐ、へんちくりんな設定の絵本のことを思い出した。これほど圧倒的な際限のない景色を、ある時真下からずっと見上げていた作者がきっと恐ろしくなって、あんな作品ができたにちがいない。食事が合わない。なんでもかんでも観光地のとんでもない値段なのに、丁寧に味付けされた料理にはまるで出会わない。量が多すぎるので、余計に美味しくいただけない。残飯は汚らしい、最後にそれを見ないといけないのは満足を損なう。素敵な内装と景色にお金を払った気分でやり過ごすんだな。ベトナムやタイ、中国の料理も決して丁寧ではないかもしれないが、スパイスや調味料の豊かな組み合わせが楽しめるが、ここでは肥満を増長させるか、極端に淡白なヘルシーフードの二択にしか巡りあえてない。でも、間違いなく、ハワイは至上の楽園だ。美しいのは緑の多さだった。小動物も昆虫も多い。視界のどこかには緑色が必ずある、しかも、景色が全体として本当に綺麗な色なのだ。アクセントには毒々しい色のハイビスカスがある。キャンバスは透き通った水色だった。

 知られていないがハワイは案外、文明社会で言えばストレスの多いところだ。人々の暮らしは決して楽ではない。というか、全く楽ではない。収入が少ないんだ。例えば、会う人会う人、仕事を掛け持ちしている。キャブの運転手も週末は道路工事の仕事をして生計を立てている。 自殺者数も少なくはない。そんなハワイなのに、行きゆく人々は現地の人を含めて、皆楽しそうなのは、ハワイの自然の全てがあまりにも美しいからじゃないだろうか。現代人が芸術を語るときに口にするミニマルだとか、もはやその逆も、原点は詰まるところ全て、美しき自然に集約されている。海や地平線の壮大な簡潔が、人々が求めるミニマルの究極である。その水面下のサンゴ、プランクトン、深海、哺乳類の原点でもある、ありとあらゆる生物はその対義にあたるのだ。我々が望むありとあらゆる色も形も、何もかもが、自然にはある。だから人は、ここにいると、ハワイにいると、多いに心身が満たされるんだ。」

 玉尾はここで、初めて私の目の奥をみた。

「私が会社を辞めたのは、日頃から、こんな妄想ばかりの人間になってしまったからだ。これは詳しく話さないとわからないと思うけれど、おおよそをいうと、最悪の事態に備えて、色々と考えを巡らせていた人間の妄想が、いつのまにか現実のあらゆる場面を網羅するまでになって、私の日常は私の妄想に取り残されるようになって、どちらが本物か、わからなくなったから、そんな最中にあのような事件があったから、私としては、ああ、このような事態は私の妄想に確か収納されていたような気がするが、それはすなわち私がその元凶であり、犯人なのではないかと、思うに至ったのだよ。...喜び、それはどこか期待はずれに良いことが起きた時に感じるんじゃないか。悲しみ、これも、想像を超えた事態が襲ってきた時の困った感情じゃないか。想像の範疇に収まった事柄と対面したところでそれはただのルーティーンなのだよ。会社であんなことが起きた時も、ああ、私にはただの日常だった。悲しみも怒りもなかった。私の言わんとすることが、君にわかるだろうか。」



『玉尾GLの妄想』より、


りさこ。