PHOTO BY

RYOSUKE IWAMA .

                  東京タワーミクロマクロ。

   東京タワーの美しい佇まいはその麓を訪れないとわからない。それは夜の10時頃から深夜にかけて、徒歩で訪問するのに限る。

 六本木駅から地上に出るとすぐ、四方に人間を塞き止める六本木交差点がある。だから、大江戸線のエスカレーターで上昇する旅が終わったらと思うと今度は一向に、進めない。しかしひとたび信号が変われば、その流動体に無理やり引き込まれて動けるようになる。人口密度には交差点分のゆとりができるのでなんとか外苑東通りにさしかかる道に入れれば、早速すらりと、東京タワーの上部がきれいに見える。

渋谷の交差点とはまた違う。あれは一斉に信号が変わるけれど、ハチ公の銅像あたりに人溜まりができ、駅前のロータリーは人間の掃き溜めのようになる。これに比べて六本木の交差点はよほど回転率が高く、流動的だった。

 金曜のこの壮観に負けず劣らず、水曜日も木曜日も、依然として浮き足立ったスーツの中年、同じ中年でも儲からなそうなバンドマン風の中年、惜しげも無くふとももを見せる若い酒場の女、その15年後の姿と思われる、もう若くない、酒場の女…それらを横目に、外苑東通りを下る。

 折れそうに細いビルの窓は奥で溌剌と灯が動き、ずしずしと低い音漏れで一帯の音はごちゃ混ぜになる。酒に舌と頭がやられた酔っ払いに山盛りのケパブサンドを売ろうとする露店、あとは順番を待たずには決して食べられない、うどん屋がある。目の焦点のあわない酔っ払いが、歩道脇のガードレールに腰掛けてドンキホーテの水槽の魚の動きを目で追っている。

  両足のように伸びたこの大通りの脇道、それに挟まれた道路部分ににそびえる東京タワーは、その周囲の空だけが水彩画のふちのように朧げな黒さで、タワーの鉄骨の境界は電飾によって儚げで、うやうやと闇に溶けた。そこからみえる東京タワーは安っぽい華やかさに加えられた少しの上品、一角を封じ込む壁紙、六本木の喧噪を見守る崇高な玉座の角度をもった。


 こういう店や人の間を100メートルも縫って進むと、あたりの空気がいきなり十分になり、不純な音も遠のく。ちゃんと就寝中の家族の住まいと思しき、光の疎らな景色に移りかわる。歩道は僅かにうねったり急下降したりして、たまにタワーは姿を消す。ロシア大使館の門をまもる護衛の無表情が、あたりを一層、厳かで高級にしたかと思うと、桜田通りにでる。


 東京タワーの姿が変わる。桜田通りの中心から、星のように5本の道にわかれる交差点に出た瞬間、東京タワーは建築としての姿を見せる。そこはもうほとんどふもとで、明瞭な構成部分として鉄骨が見える。先ほどまでは、練りこまれた光体がみなぎっているように見えた線分が、ムラをも加味し、丹念に光を塗り照らされた骨組みになるのである。


 古い友人とこの景色を歩いた。毎年会うその人と麻布で夕飯を食べた時である。空になった皿が下げられ、まんねりと窓の外の景色や近所の話になったとき、東京タワーのふもとはまだ見たことがない、とその人は言った。遠くないので案内する、会話をつなぐくらいの軽い気持ちで言ったら、相手は急に元気になり、非常な乗り気なので、私も、まるで自分の庭で育てた花や香辛料を見たいと言ってくれているような嬉しい気持ちになった。早速店をでて、すたこら東京タワーのふもとまで向かったのだ。


「あそこから見上げる東京タワーは絶景に違いない。」

桜田交差点の道路を挟んだ対角の歩道をその人は指した。信号を二つ渡って、やっとその一角に辿りついたそこは、まさに、タワーの足元ともいえるくらいの近さで、日が出ていれば鉄骨の錆も見えそうだった。我々は東京タワーを見上げる急斜面にいて、その不便な地形の左隣には小さな教会があった。私はその花壇のへりに腰掛けて、その人は、車の走らない閑散とした小道の真ん中にでて、しばらく東京タワーを見上げていた。


台風のような六本木駅前の賑わいの、まさに大事な神さまのような東京タワーを尊く崇める人間が、ここには他に今誰もいないのは全く異様に感じられた。その人の後ろ姿を見て、私と同じことを考えているのかもしれないな、と思ったそのとき、それはこちらを振り返った。暗くてその表情がわからなかった。東京タワーの発光が逆光となって、その上半部の輪郭だけを示したが何を見ているのか、それは固まったように、そのまま動かなかった。暖かな夏の夜は数分にも、数十分にも感じられる宇宙だった。東京タワーが母船だった。


 本当にたまに、二者は瞬間的に同じことを考えるし、これを悟るそれは刹那で希少なのだ。しかし人と人がこの瞬間以上に深く交わることはない。生命の残りにこの瞬間があと何回のこっているんだろうと、考える時のやるせなさとは。

 このとき、母船である東京タワーの胎内に私の片足が入っていて、その動態も感じられた。そうして骨の錆やら凹みが如実に見えて、私としてはそれで一向に不満はなかったのだが、その次の瞬間、私ははじき出された。随分遠いところからきたような、もったいない気持ちになって少し泣いた。そのときは、今度はビール片手にこようかなぁ、と思いながら腰を上げたのだが、いつの間にかもう冬だった。はやい。

 


理彩子